よりみち

 この“よりみち”は、家長:石津が勝手に、ウンチクを語ることで、「こんな馬鹿な男もいるんだ」と、皆さんに生きる勇気を与える為の文章を載せています。  尚、内容に関しての苦情、反論、哀れみなどはご遠慮ください。強がっているわりには、打たれ弱い性格なので・・。また「憩の家みち」とは何ら関係なく、あくまで個人的主張であることを重ねてご理解ください。

よりみち

荒城の月

俺はこれからの介護保険の世界では生きていけない人間だ。政治も役所も社会全体も、選択と放棄の中で生まれた「家族愛の崩壊」を注視することなく、時代の流れと共に肥大化し続けている。評価のすべてが書類という紙切れであり、当たり前の行動が「加算」という旨味に変わり、必要のない記録物に追われ、継続性のない補助金が配られている。また、利権に絡む新たな資格が登場し、福祉を理論化し、正当化し、やがて標準化してくる。
理想を求めて立ち上がった俺も、最近では、テレビや新聞で「福祉」「介護」という言葉を聞くだけでも、拒否反応が現れるようになり、今は現場を離れ、専ら農作業に没頭している。自分に課せられた使命に背くように、俺は汗をかきながら自然と対話し、天徳・地徳の恩恵にあやかりながら、そこで何かの答えを導き出したいと思っている。
ただ、いつまでの変わらない思いは、忠実に福祉を実践する為には、自らを省みず相手に尽くす精神が絶対に不可欠であること。介護の問題が、人・物・金に集中するだけでなく、今こそ、「忠恕の心」という福祉人の精神論を伝授すべきであり、そうしなければ、いつまで経っても介護の社会的地位は上がらないと思っている。
でも、いつか俺も居場所がなくなり、化石のように時代と共に風化するだろう。それは誰のせいでもない、ただ自分が愚かゆえに、時代の流れについていけなかっただけのことだ。しかし、発展と崩壊の繰り返しこそ、文化の礎であるならば、その意味では、俺のこうした「古臭い介護魂」は価値あるものだと信じている。
酒に酔い、「荒城の月」を歌いながら、なぜか涙がこぼれる初夏の夜だった。

投稿日:2010/05/23 14:08:33