よりみち

 この“よりみち”は、家長:石津が勝手に、ウンチクを語ることで、「こんな馬鹿な男もいるんだ」と、皆さんに生きる勇気を与える為の文章を載せています。  尚、内容に関しての苦情、反論、哀れみなどはご遠慮ください。強がっているわりには、打たれ弱い性格なので・・。また「憩の家みち」とは何ら関係なく、あくまで個人的主張であることを重ねてご理解ください。

よりみち

最初の味方、キシさん!

「キシさん大丈夫?」「だいじょう・・・・ぶぅ・・」
「キシさんお茶だよ」「あ・・り・・が・・と・・ぅ」
「お茶の芽が出てきたよ」「・・・・ほぅかねぇ・・・」

そんな可愛いおばあちゃんこそ、103歳のキシさんだった。
平成19年4月1日、憩の家みちを開所して、一番最初に来てくれた利用者だった。それも、すぐ隣の家の大婆ちゃん、身体は小さく90度に曲がっていたが、食欲もありとても元気だった。もちろん年齢が年齢だけに、耳もかなり遠く、話も片言だった。でも、そんなキシちゃんから発せられる「癒しの言葉」が、我々に頑張る活力を与えてくれた。

最初は孤独だった。特に俺達は地元の人間じゃない。だから疎外感は人より強かった。通る人通る人、色眼鏡で俺達を見て、でも、悔しいから笑顔で挨拶して・・。無視されようが相手にされなかろうが、笑顔で挨拶しようと心掛けて頑張ってきた。

そんな中、隣の家の人が突然訪れて、「うちの婆さんを面倒見てくれないかね?」とお願いをされた。土地勘もなく、不安を抱えてこの事業を開始したので、まず隣の方からの理解は、本当に涙が出るほど嬉しかった。

そして、俺達は誓った。「絶対、キシさんを、幸せにしてあげよう」って。

キシさんは、いつも下ばかり向いている状態で、顔の皮膚も下に垂れさがっていた。でも、時折、顔を上げ、無言のまま周りを見回し、軽くうなずいてまた下を向いてしまう。そんな動作を見る度に、「ちゃんと俺達を見てくれているんだな」と感じていた。

また、膝の上に頭を置いて、俺の頭を撫でてくれた。ゆっくりと、優しく撫でて、静かに首を2,3度動かし「うんうん」とつぶやいているようだった。

家の人から話を聞くと、キシさんは昔からの働き者だったようで、文句ひとつ言わず、黙々と畑仕事をしていたそうだ。色々と苦労をしたそうだが、キシさんの人柄は、誰もが尊敬の念を抱いているようだった。

しばらくの期間、キシさんとのんびり過ごす時間が、俺達には幸せだった。そして、キシさんこそ、俺達の鏡だった。俺達は介護をしていたかもしれないが、逆にキシさんから心の介護をされていたのはこちらの方だった。本当に、存在そのものが優しかった。90度に曲がった背中を撫でながら、こちらが癒されていたんだ。

でも、月日が流れるうち、次第に、何度も声をかけても、反応が鈍くなってきて、ご飯を食べさせても喉を通らない状況になってしまった。どんどん衰えていく体力が明らかにわかり、俺達も数日間、朝一番で自宅へ出向いて様子を見たり、朝食や昼食を食べさせたり、夜も夕食を出し、訪問しておむつ交換をしてあげた。

食事も取れず、話しかけても反応がない。何とか元気を取り戻して欲しいと願いを込めた点滴も、キシさんの体力ではもう意味がなかった。それから数日後の明朝、自宅にて、キシさんに、「朝の送迎に行ってくるからね」と伝え、それから戻ってきた時は、すでに息を引き取っていた。享年104歳。

亡くなる前の日の夜、「キシさんまた来るね。また明日ね」「・・・また、あしたね・・・」それが最後の言葉だった。

体重も20キロ弱しかない小さな身体は、まるで子供のように可愛らしく、やすらかに眠るその顔は、天使のように美しかった。しわだらけの小さい手は、冷たくはなっていたが、働き続けてきた立派な女性の手だった。

それから数カ月が経ち、俺達は、キシさんの息子さんご夫婦を招待して、食事会を開催した。そこで、キシさんのご家族の方は、大勢いる前で、我々に感謝の言葉を述べてくれた。

「本当に苦労して文句も言わずに働いてきた母親でしたが、最後に皆さまのお蔭で優しくされ、104歳の長寿をまっとうし、うちの母親は本当に幸せ者でした。みちさん、本当にありがとうございました。」

みちをスタートした時、その息子さんが「うちの婆さんを頼む」と言われて涙し、それから数ヶ月後、キシさんを送り、「ありがとう」と言われたことに、感慨深い涙がこぼれた。

俺達は利用者とスタッフの関係だけでなく、隣人同士という関係でもなく、亡くなった現在でも、俺達の心には大切な存在としていつまでも生き続けている。それは、何の土地勘もない俺達を、よそ者の俺達を、「だいじょうぶ」と優しく包んでくれた、初めて俺達を認めてくれた理解者だからなんだ。

現在、日々、多くの方々が、「もう一つの家族」として寄り添い、たくさんの感動を分かち合うことができている。それも、キシさんがどこかでちゃんと見てくれるからだと信じている。あんなに小さいお婆ちゃんが、俺達にとっては、一番最初で最強の味方なんだ。

キシさん、いつまでも俺達のことを優しく見守っていてください。

投稿日:2009/04/28 22:15:09