よりみち

 この“よりみち”は、家長:石津が勝手に、ウンチクを語ることで、「こんな馬鹿な男もいるんだ」と、皆さんに生きる勇気を与える為の文章を載せています。  尚、内容に関しての苦情、反論、哀れみなどはご遠慮ください。強がっているわりには、打たれ弱い性格なので・・。また「憩の家みち」とは何ら関係なく、あくまで個人的主張であることを重ねてご理解ください。

よりみち

ホタルの光はアニキだった!

俺が26歳の時、介護の世界に足を踏みいれて、一番最初に仲良くなったのは当時67歳の鈴木さん。通称アニキ。元ボクサー、パーキンソン病で認知症もあり、移動は車椅子で常に介護が必要な状態だった。

発する言葉も聞き取りにくいが、よだれを垂らしながら俺には笑顔で接してくれる熱い人だった。俺はその人を、常に「アニキ」と呼んでいた。特に理由はないが、男同士背中を流しているうち、ボクシングをやっていたということもあり、自然に出た言葉だった。子分の俺が、「アニキ」と呼ぶと、決まって「にこっ」と笑ってくれて握手を求めてきた。両手を広げれば、軽いパンチを打ってくる。車椅子に座りながらゆっくり出る弱いパンチに、病気や老いの現実に立ち向かう男のもろさと力強さを感じ取れた。

話は上手にできないが、俺達は、利用者とスタッフの垣根を超え、男同志、兄貴と舎弟という関係で、心と心が通じ合っているような感じがした。

そんな大好きなアニキも、月日が経つにつれ、力も弱くなり、反応も鈍くなり、長期入院を余儀なくされ、それから3年後、天に召された。

俺の心の中に、「いずれ来るであろう」という認識があったのか、アニキが亡くなったことはショックであったけど、どこか心の中で知らずに「予防線」を張っていた自分がそこにはあった。一人の男としてアニキは俺に接してくれたのに、どこか「利用者だから」という逃げていた半端な心が俺にあったのだ。だから、不思議と涙も出なかった。

介護の仕事を覚えるのに一生懸命だったころ、俺はそんなアニキの通夜や葬儀にも出席できず、忙しさを理由にどんどん月日が流れてしまった。

それでも、何かうなぎの骨が引っかかったような、いつまでもモヤモヤしたような気持があった。「早くアニキにいかなきゃ。俺はダメな男になってしまう」そう思って、ようやく数か月、俺は兄貴の自宅へ行った。

長年連れ添った奥様も笑顔で出迎えてくれ、目に涙を溜めながら、「お父さん、よかったね。やっと石津さんが来てくれたよ。お父さん、石津さんのこと大好きだったもんね。」と遺影に向かって話した。

俺はアニキに謝罪した。

「アニキよ、結局、俺は仕事としてアニキと付き合っていた汚い男だったんだ。アニキは俺のことを真剣に思ってくれていたのに、それを裏切ったんだよ。ごめんね、アニキ。本当にごめんね。」俺は後悔の念を口にしながら、深々と頭を下げ、奥様にお礼を告げ、家に帰った。

その夜、俺は数本のビールを買ってアパートのベランダで一人飲んでいた。逃げていた自分が情けなく、恥ずかしく思ったから、それを酒の力で消し去ろうとしていた。「この福祉の仕事って一体何だろう?」「この虚しさや切なさの思いをどうしたらなくすことができるだろう?」そんなことを考えながら、福祉の在り方を模索しつつ、酒を浴びるほど飲んでいた。

その時だった。光輝くものが俺の目の前をふら〜りと、行ったり来たりしている。それはホタルだった。俺はその日、生まれて初めてホタルというものを見た。なぜかは知らないけど、俺は咄嗟に、「アニキ?アニキだよね?」。そう言うと、ホタルは、俺の前を何回か行ったり来たりしている。何か俺にメッセージを伝えているかのように、涙が溢れた。そして、神秘的な空間は1分もしないうちに終わり、そのホタルは遠くへ去っていった。

よく戦争で亡くなった方が、ホタルになって帰ってくるなどの話は聞いたことがあった。たぶん偶然だと思うし、感受性が強すぎたあの夜だけに、きっと勘違いをしたのだと思う。でも、誰が何と言おうと、あれはアニキだったと信じている。

「石津、今日は来てくれてありがとう。俺はここにいるよ。だから悩まなくても大丈夫だよ。」そんな風に苦しむ俺を優しく包んでくれ、嘘つきな俺を許してくれた。
神様仏様も信じなかった俺が、まるで映画でも見るかのように、何となく不思議な空間に迷い込んだ感じだった。でも、その一瞬が、なんか懐かしく、心地よい感じがしたんだ。

そして、俺は心に決めたんだ。絶対、後悔をするような福祉はやめよう。相手が裸で付き合ってくれるなら、こちらも裸で付き合ってやろうって。立場や職域の枠を超え、人間として、負けないような愛情で包み込んでやろう。

そうすることで、自分の目指す本当の福祉の姿が見えてくるような感じがしたんだ。

アニキ。俺はアニキのことが大好きだよ。またボクシングやろうね。アニキがこれまで培った人生の重みが、きっと強いパンチとなって表れるだろう。でも、俺も負けない位、これからの人生、たくさんの経験を積んで、男として人間として強くなっていくよ。
アニキのように、強くもあり、優しくもある、最高の人間になるよ。

「強くなければ生きられない。優しさがなければ生きる資格がない」
投稿日:2009/04/05 22:20:50