よりみち

 この“よりみち”は、家長:石津が勝手に、ウンチクを語ることで、「こんな馬鹿な男もいるんだ」と、皆さんに生きる勇気を与える為の文章を載せています。  尚、内容に関しての苦情、反論、哀れみなどはご遠慮ください。強がっているわりには、打たれ弱い性格なので・・。また「憩の家みち」とは何ら関係なく、あくまで個人的主張であることを重ねてご理解ください。

よりみち

軽い言葉が相手を傷つける!

俺が20歳過ぎた頃、東京墨田区のフィリピンパブによく通った。弱い俺は、怖い先輩らとつるむことで、自分を大きく見せていた。夜の飲み屋街を常連ヅラして通い歩くのが、一つのステイタスでもあった。そして、そこにいたホステスさんも綺麗な人ばっかりで、言葉も覚えたりして、よく飲みに行った。

やがて、一人のホステスにのめり込み、何回も通うことになった。もちろん楽しかった思い出は山ほどあるが、あることをきっかけに俺はその店に行くことはなくなった。
そんな夏の夜、自分が怖くなった話をしよう。

そこのパブのオーナーは、俺よりも4、5歳年上の先輩で、ヤクザ屋さんとも関係があり、俺も少しは距離を置いて付き合っていた。一見、普通のお兄さんだけど、眼鏡の奥から見える瞳がやけに冷たくて、酒を飲むと暴れるし、そこのホステスも何人か自分の女にしていたようだった。もちろん、羽振りはいいから、俺も何度も御馳走になった。

ある日、店で飲んでいた俺に先輩は、「石津!お前、あの子を抱きたいか?」。俺のお気に入りの女性を指さして云った。「そりゃ、できれば最高っすよ」と、これから起きる恐怖をよそに、笑顔で先輩に話した。

それから数分後、「石津!この店じゃなくて、違う店に飲みに行こう」と、誘われて、俺たちは二人で違う飲み屋に出掛けた。もうとっくに0時は過ぎていたと思うが、俺達はいい気分で酔っぱらっていた。
 飲みながらも、出るのは女の話で、俺の好きな子は、フィリピンに彼氏がいるなど、色々な話をした。

しばらく時が流れてから、「石津、着いてこい」そう言われて、後を追った。もう自分の店は終わっている時間だ、どこに連れて行かれるのか不安だった。
 そして、着いたところが、一軒の平屋のボロ家だった。そこには、自分の店で働いているホステスが10人程度、集団で住んでいるところで、明らかにギュウギュウ詰めで住みこみで働いている様子だった。あの店で見ていた艶やかさなんて何もない。どこかの貧しい国にタイムスリップしたように、俺はその光景に衝撃を受けた。

「お前はここで待ってろ」、玄関前で待たされた。
ポケットに手を突っ込んだまま、先輩は玄関の扉を足で蹴飛ばしながら、向うの言葉で怒鳴っている。誰かを探しているようだった。

 でも、ホステスさん達は、そこには入って欲しくなかったようで、必死に抵抗しているのが玄関入口から見ることができた。次第に、「バシッ」「キャー」。明らかに叩いて暴れている先輩、そして逃げ惑うホステスの姿が自然に想像ができた。その後も外国語で叫ぶホステス、壁にぶつかるような音、夜中の静けさをよそに、怒涛と叫び声が鳴り響いていた。

入口で待っていた俺も、その現実に行われていることが怖かった。そして、何人かのホステスが、玄関から俺をジッと見ていた。分からないけど、「あなたもこいつの仲間なのね」と、言っているような気がしてならなかった。
「違う。俺はそんな男じゃない。先輩と一緒にしないでくれ」そう、心の中で叫んだ。

そして、時間が止まったかのように、急に静かになり、奥から先輩が出てきた。横には腕を掴まれて、かろうじて歩く、俺のお気に入りのホステスさんがいた。
あの綺麗な人とは似ても似つかない。泣きじゃくり、鼻から血を流し、ほぼ下着同然の格好で出てきた。

そして、先輩は平然な顔で話した。
「ほれ、石津。二人で好きなところ行って来いよ。もう話はついているから、安心しろ!」
泣きじゃくるホステスをよそに、先輩は上手そうにたばこを吸っていた。

俺は怖かった。その場にいることが悪夢のようだった。

たしかに飲みながら、「抱きたい」と話をした。でも、こんなになるなんて想像もしていなかった。先輩の行動が、冷酷過ぎて、どう対応したらよいかわからなかった。

でも、先輩は、俺の「抱きたい」という言葉を聞いて、その女性を抱かせようと思ったのだ。しかし、女性が抵抗したので暴力を振るった。仲間もその子をかばったので殴られた。それが、日常的に繰り返され、物のように扱われ、無理やりレイプされている現実が怖かった。
今まで、艶やかな世界しか見ていなかったが、その裏の世界を見てしまったことで、大きな衝撃と、現実に絶望した。

でも、俺はその現実的に目の前に起きていることが直視できなくて、決断を迫られていてパニックになり、先輩の行動も怖くてエスカレートしそうで、そして、その女性に申し訳なくて、だから逃げるようにその場を去った。

人の言葉は、時に、自分の思っているよりも大きな影響を与えることがある。発する方と受け取る方のボタンの掛け違いが、大切なものを最悪に陥れてしまう結果をもたらすことがある。それだけ影響力があるものだ。俺の発言で、一人の女性が無条件に殴られ、無理やり連れてこられ、あと一歩でレイプされるどころだった。これは、紛れもない事実だ。もし、あの時、「別に抱きたくないですよ」と言ってたら、また状況は変わっていたかもしれない。

俺は、本当に罪なことをしてしまった。そのホステスさんの気持ちを考えると、どんなに辛かっただろうか?身も心もズタズタにされ、でも、次の日も何事もなかったように客の前で笑顔振りまかないといけない現実に、何度涙を飲んだことだろうか?

弱い人間を暴力で抑えつけるやり方は卑怯であり、絶対にやってはいけない。しかし、先輩は本当に卑怯だったのか?先輩は自分の論理で、俺の為によかれと思ってした行為だ。その行為自体はモラルに反するとはいえ、そうした優しさや思いやりが、結果的に強制的な暴力に結びついたことは否めない。

俺は、これは単なる先輩の行動からもたらされた、個人的問題ではなく、そこには外国人が出稼ぎで働く国際的問題があり、男性が女性に強制的な暴力を振るうDV等の社会問題があり、優しさと冷たさ、愛情と暴力は紙一重だという、誰しもが持っている心理的問題であると感じる。そして、発する言葉の持つ意味の重大さを、身をもって体験した。

俺の言葉で、一人の女性が身体的・精神的にボロボロに傷ついた事実は忘れない。
投稿日:2008/09/03 18:46:14